「限界集落」から「限界ニュータウン」へ
先日、東京でのトークライブでいつもお世話になっている「高円寺パンディット」の支配人さんより連絡があり、5月17日に開催される廃村研究家として知られる浅原昭生さんの新刊『廃村大全』(大洋図書)の刊行記念トークライブのゲストにお招きいただくことになった。浅原さんは僕がまだこのお仕事をやるよりずっと前、それこそ僕が20代の頃からすでに廃村調査についての記録を発表されており、廃墟関連の書籍が好きだった若き日の僕も拝読していた。その浅原さんからまさかお誘いをいただくとは、何とも畏れ多い話で、今からすでにもう緊張している。
僕自身、若いころは「廃村」に惹かれ、廃村とまでは行かなくとも農村集落はよく巡っていた。僕は農家の生まれではなく、親類縁者にも農業で生計を立てる者は一人もいなかったが、幼少期に一時期山村の古い集落で暮らした経験もあり、高校を卒業して千葉県で一人暮らしを始めてからも、借りる物件はなるべく駅や市街地から離れた郊外部、それも農村に限りなく近いエリアをよく選んでいた
20代の頃の僕は引っ越しが趣味で、知らない町で暮らすのが好きだった。おおむね半年から1年おきに引っ越すので当然転居費用がかさみ、どこへ行っても古くて粗末な家を選ばざるを得なかったが、休日を自宅で過ごすこともまずなかったし、何より若かったので住み心地の悪さも気にならなかった。
家が欲しい、と考え始めたのはいつ頃だろうか。当時の僕は交際相手もおらず、結婚を視野に入れられるような生活もしていなかったが、住みたいと思うようなエリアは大体田舎で、賃貸物件の選択肢がほとんどなく、生涯独身であったとしても、自分の家は欲しいとよく考えるようになっていた。たまに千葉市の郊外辺りをバイクで走っていると見かける、電信柱に貼られた「売家 八街 500万円」といった張り紙が気になったりしていた。