小湊鉄道・光風台から馬立へ

小湊沿線の物件事情が気になったので現地へ
吉川祐介 2026.08.23
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現在はこのニュースレターへ移行したので休止しているが、「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」のブログを開設してからもうすぐ9年になる。千葉への移住を検討して物件探しを始めたのはそれよりもさらに1年以上前に遡るので、休日にレンタカーを借りて東京から千葉へ出向き、物件探しを始めたのはもう10年も前の話だ。10年ひと昔とはよく言うが、あの頃と今では、首都圏の物件事情も、また日本社会全体の情勢も大きく変わったように思う。

いずれは千葉県内で転職するつもりではあったが、千葉に転入した当初は、僕はまだ江東区のタクシー会社まで通勤していた。妻も家庭の事情で、週に一度は都内に住む両親の下まで日帰りで行かなくてはならなかったので、当初は家賃相場が安めで、かつ比較的都内からの距離が近いエリアということで、千葉市の若葉区、佐倉、姉ケ崎辺りが移住候補地だった。

そのうち、姉ケ崎は朝の通勤時間帯の上り電車が毎朝椅子取りゲーム状態であると知って早々に候補から外したのだが、市原をはじめとした房総の内陸は元々好きなエリアで、物件探しとは関係なく妻と時々遊びに来て、小湊鉄道に乗って養老渓谷まで行ったり、亀山湖畔の温泉などに立ち寄ったりしていた。

小湊鉄道・馬立駅。

小湊鉄道・馬立駅。

ただ貸家はともかく中古住宅となると、あの頃は市原市内で目を引く物件というのは少なかったと思う。僕が言う「目を引く物件」とは、つまり格安物件ということだが、八街や東金などと比較するとやはり市原はそれなりに値段が高く、安さを求めて小湊沿線の奥地に向かい過ぎると、今度はあまりに不便すぎて仕事の確保も困難なので、市原市内の売家をチェックすることは少なかった。「限界ニュータウン探訪記」のブログでも、市原の記事は、上総鶴舞の「鶴舞大蔵屋団地」くらいではなかっただろうか。

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