南洋興発史跡 サイパン本社跡・テニアン製糖工場跡
サイパン取材で見かけた南洋興発の史跡
吉川祐介
2026.07.27
誰でも
第一次世界大戦後に日本の委任統治領となったサイパン島・テニアン島を含むミクロネシア(南洋諸島)に進出した日本の準国策会社。南洋諸島における製糖事業を、沖縄県をはじめとした当時の日本国内の困窮問題の打開策と位置付け、多数の移民を雇い入れて開拓を進め、最盛期には「海の満鉄」とも呼ばれるほどの隆盛を誇った。
当初は製糖業が中心だったが、次第に規模を拡大して貿易業をはじめとした南洋諸島のあらゆる産業に進出し、やがて海軍の南洋進出政策にも深く関与していく。しかしその結果として不採算事業も多数抱え込むことになり、太平洋戦争開戦前からすでに経営状況が悪化していた。
戦争末期の1944年、米軍との戦闘によって、当時の中心地であったガラパン町は壊滅。駐留部隊や民間人の自決や投降を経て、22年に及ぶ日本の統治は事実上終了し会社機能も停止。終戦後、GHQの命令によって会社は閉鎖された。
南洋興発本社(サイパン島)

南洋興発本社跡(サイパン島)



テニアン製糖工場跡













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